故・中村哲さんってどんな人?偉業を果たした彼の生涯調べてみた。

中村哲さんってご存じですか?

私はニュースで初めて知りました。

日本人医師で私が知った人で、ここまで感動したのは
二人目です。自分の命を顧みず、現地の人の自立のために
精力的に活動をつづけた彼の生涯が
「世界一受けたい授業」で放送されました。

中村哲さん。
敵味方なく彼の死を悲しんだということで
当時も話題になりましたね。
アフガニスタンの航空会社の飛行機に中村さんの肖像画が描かれたとか。

画像出典:https://twitter.com/jyouhoucom/status/1203675272173608962/photo/1

題して

「100の診療所より1本の用水路を!故・中村哲医師の生涯 どのようにしてアフガニスタンを救ったのか?」

私はテレビを観なかったので、ツイッター拾ってみました。

こんな素敵な日本人がいたことをテレビでやっていて
コロナで騒ぎすぎている場合ではないなと思ったよ。

 

中村さんの事は、2016年に話題になっていました。
見ごたえある動画ですが、ご覧ください。
からっからの砂漠だった地帯に、緑が茂り、
食べられるものが作られていくシーンは感動ものでした。

~中村哲さん手記より~

 アメリカ同時多発テロから15年。
今も戦乱の続くアフガニスタンで干ばつと闘う日本人がいる。
医師・中村哲(69)。
「武器や戦車では解決しない。農業復活こそがアフガン復興の礎だ」。
中村は白衣を脱ぎ、用水路の建設に乗り出した。
15年たったいま、干ばつの大地には緑がよみがえり、人々の平穏な営みが再び始まろうとしている。
戦乱の地アフガニスタンに必要な支援とは何か。
15年にわたる中村の不屈の歩みを通して考える。
「普通のドクターや医療関係者がね、この状態を知って放っておいて逃げれるという人はどうかした人でしょうな。やっぱり目の前で困っている人を見捨てるわけにはいきませんよね」
「基礎に栄養状態が良くないというのがあります。それから衛生状態が良くないと。水で洗うだけでかなり良くなるんですが。水そのものが欠乏している」(中村哲さん)
「水が来た時ももちろん喜びましたけど、モスクが建つと聞いてもっと喜んだんですよ。これで解放されたと言った。どういうことかと言うと、それまで自分たちが営んできた伝統的な生活がすべて外国軍の進駐によって否定されてきたわけですね。イスラム教徒であることが悪いことであるかのような一種のコンプレックスが村を支配していたんですね」(中村哲さん)
「人は忙しく仕事をしていれば戦争のことなど考えません。仕事がないからお金のために戦争に行くんです。おなかいっぱいになれば誰も戦争など行きません」(村人)
「これは平和運動ではない医療の延長なんですよ。医療の延長ということは、どれだけの人間が助かるかということ。その中で結果として争い事が少ない、治安が良い、麻薬が少ないということが言えるわけで、これが平和への一つの道であるという主張をしたことは少ないと思います。ただ戦をしている暇はないんですよと。戦をするとこういう状態がますます悪くなるんですよと。それにはやっぱり平和なんですよ。それは結果として得られた平和であって、平和を目的に我々はしているわけではない」(中村哲さん)

マルワリード用水路をはじめ、これまでに中村哲さんが工事や修復を手掛けた用水路は9か所。ナンガルハル州の3つの郡にまたがっています。
これらの用水路によって潤う田畑の総面積は1万6000ヘクタール。
実に60万人の人々の命を支えています。
中村哲さんが作る用水路のシステムはナンガルハル州に根付き始めています。
国連機関やJICAとの連携も始まっています。

しかし、この用水路の恩恵を受けているのはアフガニスタン全体の人口の2%にすぎません。
国連は2014年、国民の約3分の1が干ばつによる食料不足に直面していると警告。さらにアフガニスタンは今、新たな脅威に直面しています。
イスラム過激派組織ISの台頭です。
ナンガルハル州でもISは勢力を拡大しています。
その影響で都市部に逃げていく農民が後をたちません。
ISが勢力を拡大している地域は干ばつのひどい地域と重なりあっていると中村哲さんは言います。
勢力を拡大するISに対し、アメリカを中心とした先進諸国は空爆で対抗しようとしています。8月にはアフガニスタンでも空爆が実施されました。
911テロから15年、出口の見えない戦争が続いています。
中村哲さんは今、用水路のノウハウをアフガニスタン全土に広めるため新たなプロジェクトを立ち上げようとしています。
ワルワリード用水路沿いに用水路建設の専門家を育てる職業訓練校を設立する計画です。現在、学校で使わる教科書を作成中。
アフガニスタン全土から生徒をつのり現地の若い専門家を育てるつもりです。 「作業中の上空を盛んに米軍のヘリコプターが過ぎてゆく。彼らは殺すために空を飛び、我々は生きるために地面んを掘る。彼らはいかめしい重装備、我々は埃だらけのシャツ一枚だ。彼らに分からぬ幸せと喜びが、地上にはある。乾いた大地で水を得て、狂喜する者の気持ちを我々は知っている。水辺で遊ぶ子供たちの笑顔に、はちきれるような生命の躍動を読み取れるのは、我々の特権だ。そして、これらが平和の基礎である」

参考:http://tvmatome.net/archives/4898

 

経済的に豊になればなるほど見失う人の命の大切さ。
資格、名誉、地位などを求めて生きているうちに忘れていくのだろう。
不便な中に生きていれば、助け合うことは当たり前で、
生きてることも当たり前ではなく、感謝が生まれる。
医療が発達し、死が遠い存在となった今、医療ミスで医者が訴えられたり
行き過ぎた指導で命を落とす若者、職場のパワハラで命を絶つ働く人々、、
日本にも、大切な事を忘れ始めた人が多数いる。

病気や混乱って、当たり前に合ったものへの感謝を思い出すために
あるのかもしれないですね。

 中村哲 プロフィール

画像
出典:https://twitter.com/naonaotaso1010/status/1233720135220776960/photo/1

生年月日 1946年9月15日
死没 2019年12月4日
出身 福岡県福岡市
ナンガルハル州シャラーラーバード
職業 日本人医師(脳神経外科)
学歴 九州大学医学部卒業
所属 ペシャワール会
パキスタンやアフガニスタンで医療に従事

医師として活動をしていたが、
2010年、水があれば多くの病気と帰還難民問題を解決できるとして、
福岡県の山田堰をモデルに用水路を建設していた。
くなーる川からガンベリー砂漠まで総延長25kmを超える用水路が完成。
10万人の農民が暮らしていける基盤を作る。
2013年 第24回福岡アジア文化賞大賞、第61回菊池寛賞を受賞。
2014年 「天、共に在りーアフガニスタン30年の闘い」で第一回城山三郎賞
第4回梅忠夫・山と探検文学賞を受賞
2016年 現地人が自分で用水路を作れるように、学校を準備中。
住民の要望により、モスクやマドラサを建設。旭日双光章受章。

2018年 アフガニスタンの国家勲章を受章

書籍も多数出ています。中村さんの意志を受け継ぎたいですね。

関連動画

アフガニスタン 命の水を求めて

アフガニスタン永久支援の為に 中村哲次世代へのプロジェクト

アフガニスタンに”水と食料”を洪水と闘う日本人医師が作った用水路

その他こちらにもあります

次世代に伝えたい中村哲さんの意志

まとめ

 

現地の人が自立できるよう支援を続けた中村医師。
現地の人に一番必要なのは、医療ではなく綺麗な水なんですね。

「忙しく仕事をしていれば戦争の事なんて考えない。仕事がないから仕方なく戦争に行く。お腹いっぱいになれば、戦争なんてしない」
そういうアフガニスタン現地の言葉は印象的でした。

好きで人の命を奪う人はいないですね。
いつも社会的強者の独裁の為に、社会的弱者は振り回される。
でも、独学で用水路を作る勉強をして、現地の人と作った中村さんは
現地で自立して生きていくための礎を築いてこられたと思います。
世界一受けたい授業を通して、もう一度中村医師の事を振り返られて
本当に良かったと思います。ご冥福をお祈りするとともに
私にもできる事から始めていこうと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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